チャコン博士とマカの出会い
リマ市内のチャコン博士のご自宅に伺い、チャコン博士とマカとの出会いについて話を伺いました。
| 1. 歴史 私がマカに興味を持ったのは、マカの栄養価が非常に高いということを学生時代に聞いたからでした。 1960年1月、生物学部2年生だった私は、初めてウアンカジョ(ウアンカヨ)を訪れました。
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コムナル大学を訪問したり、エル・タンボ市でちょうど行われていた見本市にも行ってみましたが、マカのことを知っている人すらいませんでした。
そこで、私は当時サンホアン・デ・ハルパ地区の区長だったレオニダス・モリナ氏を訪ねたところ、彼がマカ栽培に関する情報と植物学調査に必要な見本をくれたのでした。
1962年生物学部の卒業論文を提出しましたが、その中で、化学実験は、サンマルコス大学の薬学・生化学部で行い、薬物学、医学実験は同大学の医学部にて行った結果、マカが医学的にも、また、食料としても、豊富な成分が含まれていることを科学的に証明しました。
そして、ラット実験をとおし、マカの主要有効成分であり、私がマカインと命名した4種の主要アルカロイドの存在を確認、証明しました。
1990年、アブラナ科に属する新種であり、ヨーロッパ、アメリカ、ペルーの主要な植物から例外的な植物であるとして「レピディウム・ペルビアヌム・チャコン」とマカを命名し、ペルーの生物学雑誌で発表しました。
その後、少しずつマカの知名度が上がり、1996年、カルアマジョ地区で、1ヘクタールを使ったマカの実験栽培を行われ、97年には、フニン県、パスコ県で合わせて200ヘクタールの栽培が開始されました。
1998年には、原産地方でないアンデス7地域でも栽培が始まり、2005年には、6500ヘクタールで栽培されるまでになりました。
現在では、住民の生活基準向上の手段として、また、マカの持つすばらしい栄養価を生かした生活の実現のために、マカの重要性が認知されるようになりました。
2. マカの商品開発に関わり始めた理由
主なマカを扱う会社がマカ粉末を錠剤やエチルアルコールで抽出したり、コバルトの放射線照射で殺菌したりした商品を、毒性試験や人に対する臨床実験を行わないまま販売している現実を受け、自らマカの商品開発を始めました。
現在、私は、農業省が主催するマカ商品生産基準委員会のメンバーとして、本当に人体に良い商品生産の基準作りに尽力しています。
3. エピソード
私はもともと生物学者であり、マカのビジネスを始めるなんて思ってもいませんでした。
しかし、国内外の大企業がマカを独占するために特許を取得しようとしたり、医薬品として認知させようとしたりし始めたため、自分の専門の学者の道を中断してでも、マカを護ろうと決意をしました。
4. 感想
現在、人間だけでなく、動物も含めて、多くの生命の健康のために、マカの栽培が広がっていることに、幸せを感じています。
また、この植物を発見し、他のどんなものとも比べることができない宝物を子孫に残すために長い間護ってきた、先住民チンチャイ族の文化の価値を高めることができたこともうれしく思っています。
また、マカの絶滅を防ぎ、科学的にマカの素晴らしさを証明でき、さらに、世界的にマカの名前がしられるようになったことを、心からうれしく思っています。



